演奏がうまくいかない時…

こんにちは。
声楽家,アレクサンダー・テクニーク教師
(仮免実習中)の木俣時子です

できない→できる

できないことにチャレンジして、
できる様になっていく
って面白いですよね!

私は若い頃スキーが好きで
板を揃えて滑れるようにいろいろ工夫したり
人にアドバイス貰ったりして 出来るように
なっていくのがとても楽しかったです。

音楽でもできなかったことが
だんだん出来るようになっていくのは
楽しいと思います。

ハイトーンが出る様になる
難しくって歌えなかった曲が歌えるようになる等…

たぶんその過程が楽しいのだと思います。

でも、できる と できない

の区別をはっきりさせてしまうと、勝ち負けの様に
結果にこだわり勝ちになりませんか?

フィギュアスケートのジャンプだったら
試合の場合、着地が上手くいかないと
それはもう失敗として点数をを下げるものになってします。

 

音楽もそうでしょうか?

聞かせ所でハイトーンが出なかったら
難しいところでまちがえてしまったら

その演奏の価値が下がってしまうのでしょうか?


聞き手に回って考えてみよう

演奏の失敗に一番敏感に反応し落ち込むのは

演奏者本人でしょう。

でも演奏を聞く立場だったらどうですか?

大歌手キリ・テ・カナワが大きな舞台で
同じようなフレーズが二回出てくるアリアを
完全に間違えて歌っている動画をがあります。

それでも本人もオケも指揮者も
何事もなかったように演奏を終え
大拍手とブラボーの中舞台からはけていきます。

「えっ!こんなこともあるんだ!と驚きましたが、
すばらしい演奏に変わりはないと感じました」

一流演奏家でも間違えることはあります

そんな時 許せない、不快な気持ちになりますか?

どうして演奏するの?

できないことができる様になっていったり
高みを目指してチャレンジする

ある種ゲーム的な面白みもあるとは思いますが

やはり音楽そのものに魅力を感じるから
演奏するし、上手くなりたいのではないでしょうか?

すてきなメロディー、ハーモニー、歌詞
共演者や聴衆とのやりとり…

 

好きだから、楽しいから始めた音楽なのに

できる、できないに気を取られていくうち

自分を苦しめたり自己評価を下げるためのものに

なってしまうのは(よくあることとは思いますが)残念です。

スポーツだって
負けても感動することはありますよね!


ハングリー精神もいいけれど…

練習も楽しくやりたいです。

「できないから練習するんじゃなくて楽しいから練習する!」
私の先生の1人であるバジル先生もそう書いています。

指導者や仲間の影響も強いでしょう。

自分や生徒にダメ出しばかりしていたら
その中で楽しくというのは難しいです。

間違えても出なくてもいいから
とにかくこの人のこの気持ちを思い切り歌う

そこに技術的プランを足していく

絶対に間違えないように! ではなく
こうやってみたらどうだろう?

うまくいかなければ、次のやり方、考え方を試す。

私はこんな風にやり始めてから
練習が楽しくて仕方ありません。

それでも本番にかける曲となると
”できるかどうか練習”に走ってしまうことも!

ああJOYかしい!(難しさを楽しむの意)

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