教える人も大変だけど、教わる人も大変なの!生徒は先生の先生

こんにちは 

声楽家でアレクサンダー・テクニーク教師
木俣時子です

私自身教わることも、教えることも
長年やってきて

感じるところをつぶやいてみました。

教えるのは大変?

教える人が
自分が苦労してやっと得たことを他人に教える時

「自分はとても苦労して 0からこれを見つけたんだ。

君たちはそれをやりさえすればいいんだから、
やり方まで教えてあげてるんだから楽なもんでしょう」
と言うことがある。

確かにそうだと思う.

大変な努力を重ね発見したり編み出したりしたものを
他人に教えようという気概は素晴らしいことだと思う。

だけどね。人はそれぞれ  能力も違う。

感性感覚経験 も違う

その教える人が教える内容が
その人の感性、考え方を使って
その人の体が動き、良い結果を出すやり方なら

その人がその人自身に教えるなら、
全部が一致しているから、上手くいくと思うけど

他人に教える場合は
なかなか通じなかったり

体の違いから、当てはまらなかったりする
可能性もあると思うの。

自分には上手くいくやり方で
99人の人にも上手くいったとしても

100人めに通じないことだってあるかも。

その100人目さんはできが悪いの?...
やり方まで教えてあげてるのにできないなんて...

いいえ、その100に目さんにどう伝えるか
それが教える人がさらに成長していける糧となる

だから生徒は先生にとって先生なの

教わる人だって大変

感覚も 感性も 体の造りも 違う他人である
教えてくれる人 の言葉を理解し

自分なりの探求を積んで

教えてくれる人の意向に添い
OKが出る様にがんばる

或いは、教えてもらいたいことを手に入れる

それだって大変よね。

他人の価値観に合わせていくという点では
教える人にはない苦労も。

「先生の言ってることが分からないよー」
「先生の言ってることができないよー」

自分が欲しいものがはっきりしていればいいのだけど

何が良くて、何が悪いかさへ 教えてもらわなければ
分からなかったりする

初めはそうでも、やっていくうちに
それは見つけた方がいい

教わる身であっても

自分というものを持っていて欲しい
自分は何が欲しくて教わっているのか?
考えを持っていて欲しい

やり方まで教わっても、やっぱり自分で努力して工夫もしなきゃ
身につかないし

自分の心や体を使って得たことは
教わったことだけれど
自分でつかみ取ったものだと思う

私が教える立場なら...

私は自分が求めるままに、声のの出し方や歌い方を探求する

先生からも大きなサポートを得ている

そうした中で発見したことを伝える時

「私はこうしてみたらすごくやりやすいから やってみて」
くらいな言い方をしている。
生徒さんにとってもあてはまるかは分らないので。

ピンとこないこともあるだろうし

私が思った以上のことを学びとっていく方もいる

私が教えたとしても、あなたがつかみとったものは
もうあなたのものだから
私が教えたことなど 忘れて構わないと言う

そして自己責任自己判断
その一瞬、一瞬を 音楽することに 投じて欲しいと
だって音楽は時間の芸術、迷ってる暇はない

つまりね、「先生に言われたことができてるか
心配しながら音楽する」 なんてなしってこと。

もちろん 必要ならいつでも質問には応じるし
相談にものりますよ...

 

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